2011年6月10日金曜日

ストラディヴァリウス・サミットコンサート

夢の一週間が終わった。。

10年ほど前から、毎回楽しみにしているコンサート。
これを聴いたあとは、しばらく幸せな気持ちでいられる。
年々狂気を帯び、今年は5公演参戦。

原発問題で、海外アーティストの来日中止が相次ぐ中
新聞をひらくたび、記事が載っていないかビクビクしていた。

しかし!彼らはやってきた!
一人のメンバーの変更もなしに。

状況が状況だけに
いつもより神妙に?弾いていた感じで
たまにあれ?という所もあったけど
相変わらずスゴイ音色とハーモニー。

特に、ヤマハホールでのチャリティ追加公演は大迫力だった。
こぢんまりしたホールで、音がビリビリ体に振動してくる。

観客も、本当に好きで来た・・という風で
みんな食い入るように聴いている空気。
楽章間の拍手もなく、とてもいい緊張感で
一緒に音楽をつくっている、という感覚になった。

あんまり幸せで、ほとんどずっと涙。笑
となりのオバサマもズルズル。。

毎回アンコールでは、震災の被災者へ向けて
G線上のアリアを演奏。

ヘーシュ氏の日本語はますます流暢になり
心のこもったメッセージを語ってくれる。

『偉大なバッハの音楽ならば、犠牲者の魂に届くかもしれない』
というコメントに私はブルブルした。

私たちが、というのではなく
バッハの力で・・というところが憎いよ。。。

でもあの曲は、本当にそんな気がする。
切ない旋律が続き、でも最後は解決の和音で終わる。
あの瞬間、キリスト教徒ではなくても
”救われる”気持ちになるんだ。

毎回、会場は涙で
スタンディングオベーションも。

被災地にいる人は、こんな音楽を聴く余裕もないだろうから
申し訳ない気持ちにもなるけど
チケットを買うことで、少し寄付になるなら嬉しいし
彼らの気持ちを受け取った私たちが
それを伝えていかないといけないんだろう。

ベルリンの皆、心からありがとう。

2011年5月28日土曜日

夫婦の絆

祖父の納骨の3日後
あとを追うように、祖母も旅立った。

祖母は、祖父の死を知って生きるパワーを失い
祖父は、墓下でひとり寂しくて、そして子供達を介護生活から解放しようと
祖母を呼んだ。

いつもお互い『先に逝けない』と言っていた2人のつながりを
改めて感じる死だった。

祖母の言葉は
いつも私の人生の大きな決断を
後押ししてくれるものだった。

結婚も、退職も。

多くを語らなくても、私の悩みを察知してくれて
祖母と話していると、とても穏やかな気持ちになれた。


体調を崩して介護生活となり、
最近は認知症も進み、
私のことも、あまり認識できなくなっていた。

私の中では
祖母が”生まれ変わったとき”がある。

そこを境に、祖母は別人のようになった。

あのとき、祖母は一度死んで
今の祖母は違う人だ。。

そんな感覚があったので
死は寂しいけど、冷静に受け止められたように思う。
きっと昔のままだったら、あまりに悲しすぎただろうから
良かったのかも。

それに、祖母が変わってしまった・・と思ったとき
早く伝えなきゃ、と思い
今までの感謝の気持ちは伝えておいた。

だから、悔いはあまりない。
すでに本人は、あまりピンと来ていないようだったけど・・

これからは自分で考えて、決断しろということだよね。
がんばるよ、おばあちゃん!

いろんな苦労をして来ただろうに
自分の弱さは見せずに
みんなの気持ちに寄り添い
たくさんの愛情を注いでくれたおばあちゃん
本当にありがとう。

2011年5月19日木曜日

私は土に帰りたい・・

祖父の納骨を済ます。

以前から用意してあったお墓は
緑豊かな、静かなお寺。
ゆっくり休めそうでよかった。

今回、”お墓の下の穴”というものを初めて見た。
2段になっていて、けっこうな人数分入りそう。

そこに、祖父のお骨がぽつんと置かれる。

こんな暗くて狭いところにひとりぼっち・・・
なんだか切なくなってしまった。

何人集まっていても
私はお墓の下には入りたくないな・・と思ってしまった。

石の下は、息が詰まりそう!
やっぱり土に帰りたい。

実家のそばの野山にでも
まいてほしい。
砕くのは大変らしいから、ひっそり埋めてもらってもよし。

ちょっと木の栄養にでもなれたら嬉しいし。
って、これ違法なんだよね・・・

ともあれ、祖父の死をひととおり見届けたことは
人生のいい勉強になった。

おじいちゃん、ゆっくり休んでね。

2011年5月5日木曜日

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2011

毎年恒例
GWに東京国際フォーラムで開かれる音楽祭。

今年はブラームスがテーマのひとつであったこともあり
初参戦!

がしかし、これも震災の影響で
出演者が来日しなくなったり、ホールが使用できなくなったり
大幅に規模を縮小しての開催となった。

チケットをGETしていた公演も払い戻しとなり
結局無料のイベントをふらりと観ることに。

プロによるヴァイオリンの公開レッスンを観たのだけど
これが良かった!

無表情で、一切笑わない音大生の扁平な音色を
お手本を見せながら、どんどん変えていく。

ブラームスはこの曲をどうして作ったか知ってる?
愛するクララシューマンを想って作ったんだよ。

もっとheartで歌って!
音にcolorを!
感情を閉じ込めないで!

観客ものめりこんで、いっしょに高揚していく空気。
私も血がザワザワ騒いで
感情をぶつけて歌いたくなって
ついつい体が動いてしまう。

音大生の感情もどんどんふくらんで
たった1時間で、最初とはぜんぜん違う演奏に。

観客からも、おぉ~!と拍手。

自分も、感情をあらわにするのが苦手だけど
今日のレッスンを観て
思いきり表現できたら気持ちいいかも!と
その手段を持っている人たちがちょっと羨ましくなった。

今日で音楽祭は終了したけど
直前の変更で、スタッフは大変な苦労をしたことだろう。

変更されたプログラムやパンフを見ながら
きっと徹夜続きだったろう人々に
しみじみ感謝。

大変なときこそ音楽を。
その思いは確かに届いたよ。

出演者、スタッフ
本当にありがとう!

2011年4月18日月曜日

親友も桜とともに・・・

祖父の死の3日後
実家の犬までもが、旅立ってしまった。

おじいちゃんが、お供に連れて行った?
2人一緒に逝ってしまうなんて、なんて酷な。
その意味を考えるけど
分からない・・・

これまた不思議なことに
旅立つ前日、私は彼女に会いに行っている。

一瞬立ち上がれなくなったが
その後は普通に過ごしてる、と聞き、
『ぎっくり腰~?』とお見舞いに行ったのだ。

12歳のばあちゃんで、足も弱っているが
ケロっとモリモリ食べていたし
大丈夫そうだな、と思ったのに。

後から思えば、帰るときはいつもわざと知らんぷりなのに
あの日は、しっぽをふって挨拶に来たんだ。
おすわりして、車を見送ってくれた姿が忘れられない。

子犬で我が家に来たとき
家族で一番下は、バカにされるのが分かっていたから
だったら、『あなどれない遊び相手』になろうと決めた。

じゃれて遊ぶ時も、負けないように本気で勝負。
秋田犬は大きいし力が強いから
傷も絶えなかった。
たぶん庭で遊んでる姿は、犬同士だったんじゃないかな。

私が帰ると、とびきりの笑顔と大興奮で歓迎。
ボールや縄を持ってきて、『遊ぼう!!』と言ってくれるのが
本当に嬉しかった。

犬なのに、近所の方々が大勢弔問に来てくれ
花束の山。
幸せだね。ありがたいね。

桜の木に囲まれた、火葬場の煙突から煙がのぼり
あ~昇って行ったなぁ~とみんなで眺める。

一週間に2回もお骨を拾うことになるなんて。
今年は悲しい桜になってしまった。

しかも2人とも、私が訪ねた翌日に旅立つなんて。
私は死神か!?

行かなかったらもっと頑張ってくれたのかな?と
辛くもなったけど
今は、2人とも呼んでくれたんだな・・と思い
とても嬉しく思う。

こんなに涙が出て、悲しくても
世の中は普通に流れていく。

震災で亡くなった人は
葬儀さえままならないわけだし
ありがたいと思って、頑張らねばね!

あっぱれ、おじいちゃん

桜満開のなか、、祖父が旅立った。

倒れる2日前まで、しゃきしゃきで囲碁を楽しみ
旅立つ2日前まで、日記をつけ、退院に向けて歩く練習もしていた。

葬儀の日は、桜吹雪。
おじが『桜とともに、実に見事な散りざまだった』と挨拶していたが
まさに。

かっこよかった。

旅立つ前日、ふとお見舞いに。
翌日に行こうかと思っていたのだけど
きっと呼んでくれたんだろうな。

激動の時代を、ダイナミックに生きてきた祖父。
軍人だったころの写真を見せてもらったり
(これがイケメン!)
仕事や呑みの”武勇伝”を聞くことができたのも
貴重な時間だった。

93歳で、苦しまず、何よりだよね、と言いつつも
やはり寂しいものは寂しい。

母が、
『できる限りのことはしてきたし、大往生だから
そんなに悲しくないと思っていたけど
こんなに親の死が辛いこととは思わなかった』と言っていた。

どんなに長生きして、親孝行しても
悔いが残らないなんてことは、きっとないんだろう。

自分にとって、”人間の身内の死”に直面するのは初めて。
昨日温かかったのに、今日は冷たい・・・
さっきまで寝てたのに、もう骨だけになってしまった・・・
命の不思議を感じた日々だった。

93年、本当におつかれさまでした。
ありがとう。

『いってらっしゃい、また会おうの』

2011年4月2日土曜日

『soul kitchen』と『歌之介』

娯楽DAY。

世の中、自粛ムードだけど
お金使える人は使っていかないと。。

映画は、私が行かなくたって上映してる。
だったら、家で電気使ってるよりいいかもしれん。

◆気になっていたドイツ映画
『ソウル・キッチン』

登場人物がみんな、ゆるくて割とダメで
でも憎めなくてかわいらしい。

起こることが、いちいちププっと笑ってしまうくだらなさ?で
一人客がほとんどだったものの、みんなクスクス。

人生、なんとかなっちゃうんじゃないの?
って感じになれる、ほのぼの映画だった。

ハンブルクの街並みや尖塔が
懐かしくて嬉しかった。

◆やっぱり泣いちゃう歌之介

久々の末廣亭へ。
というのも、昼の部の主任が三遊亭歌之介だったので。

寄席に行くようになってからというもの
どこで何があろうとも、あの場所では
必ず毎日、人が笑ってるんだ、ということを知った。
それだけで、なんだか幸せになれた。

特にこんなときは、そのありがたみを感じる。

歌之介の噺は、今までもう5回くらい聞いちゃった噺だった。
またかー!ちょっと残念に思ったけど。
でも!分かってるのに!
どうしたってホロホロ泣いちゃうんだ。

オジサン達も、メガネ外して
涙ふきふき。鼻ずるずる。

あったかいね。歌之介。