2014年12月16日火曜日

ドイツ一人歩き~Berlin~

ようやく再訪、ドイツ2週間一人旅。
恋しかった4年間。
考えてみたら、海外旅行で再訪したのは初。

今回の大きな引き金?は
★ベルリンフィルメンバー&テツラフのアンサンブル
★ベルリンフィル&アルゲリッチのシューマン
★冬の空気で聴く教会のパイプオルガン
★本場のクリスマスマーケット(Weihnachtsmarkt)

ベルリンの朝。
寒さにビビッていたが、思ったより大丈夫。
体はぬくぬく。頭だけ冷えて温泉につかっている感じ?
なんだか、とっても気持ちいい!!

懐かしい街並みを、しばらく散歩。
夏とは違ってどんよりなんだけど、
枯葉もまた美しい。
とにかくうれしい!!ウルウル

また来たど~フィルハーモニー!

ベルリンのシンボル、テレビ塔も
こ、こわい!背後霊状態・・・( ゚Д゚)

こんな冬だから、光あふれるクリスマスマーケットや
イルミネーション文化が生まれたのも
ガッテンガッテン!
 
 



クロイツベルク地区を散歩。
雑貨屋さん、市場、公園、教会。。。
暮らしている人々の雰囲気を少し感じることができたかな。

地図を見て気になっていた場所に来てみたら
お墓だった・・・
教会じゃなかったのかぁ~と、お花屋さんだけ見て戻る。
アドベント用のリースがかわいい。
しかし!
あとから知ったのだけど、たぶんここにメンデルスゾーンのお墓があったのだ!!
あぁ、悔やまれるけど、前まで呼んでもらえたんだなぁ。と思うことにする(^^;


アンハルター駅。
ここから多くのユダヤ人が移送されていったとの碑。
あちこちに、歴史の記憶。

テツラフとベロリンの仲間たち!
上質の音楽が当たり前にある所だからか
聴衆もリラックス。
演奏者と自由に、雰囲気やざわめきでやり取りしている感じ。
ティムちゃん&テツラフのデュオなんて
記念すべき瞬間に立ち会えて満足。
ん~すごい。
私にとっては全然当たり前じゃないっ(><)

電車で50分くらいかな、オラニエンブルクへ。
ドイツの電車はチャリもワンコもOK!
住みたい!と思うくらい、静かで素敵な街だったけど


その街にあるのは、ザクセンハウゼン強制収容所跡。
あまりに広大。。
ここにバラックが立ち並んでいた。

 

ここは、靴の性能テストと称して
収容者がずっと歩かされていた所らしい。
自分も歩きすぎて足が痛かったけど
そんなことも言っていられない。


ダウン着て重装備でも、風が本当に冷たい。
真冬はどんなに苛酷だったか。

生体実験をしていた解剖室と遺体安置所では
なぜか一人になってしまい、怖かった。。。

人間の恐ろしさを感じる重い場所だけど
 ドイツに着いて初の晴天だったこと
 多くの若者や学生たちが見学に来ていて、熱心に学んでいた姿
 ていねいで膨大な展示=負の歴史をきちんと残す姿勢
に救われた。



ベルリンフィル&アルゲリッチ
ドタキャンのおそれありの姐さん
拍手のあとなかなか出てこなくて、ちょっとザワついたけど
無事に登場!ほっ
ん~この場にいられる幸せ。すごいことだよ!!
ドイツでも大人気、スタンディングオベーション!
オケがまた、さりげない所でいちいちビックリするような音を出すから
たまらない。
あ~あ、また夢の時間がすぎちゃった。


2014年9月28日日曜日

ドゥダメル~!

ウィーンフィル&ドゥダメルへ。

待ち焦がれていたドゥダメル!
去年の来日では、オペラものだったので断念。

プログラムが色々で迷ったのだけど
ツァラトゥストラ/シベリウスNO.2

2曲とも、曲自体がもうカッコよすぎて
盛り上がること請け合い・・・ではあるけれど
それを考えても・・・

指揮者を見ていて、泣けちゃったなんて初めてだ!
ドゥダメルの後ろ姿を見てたら
柔らかくて
大きくて(背丈はあんなに小さいのに!)
優しくて
カッコよくて。
Felicidadオーラ!

ドゥダメルを中心に
波がうねったり
寄せては返し・・・
という風に私には見えた。
こんなの初めてだー!

シベリウスのラストは大変。
興奮と涙で、体がブルブル(^^;
一人地震はしばしば起こすのだけど
隣人に迷惑がかかるレベルだ!と危険を感じたのは初めて。笑

ドゥダメルはいつも
オレが指揮したんだど~!っていう雰囲気が皆無で
オケを祝福して、こっちも見ずに引っ込んでしまう。
そこがまたカッコよくて好き。

今回も同様かそれ以上?
ウィーンフィルという名門オケを最大限にたてて
引っこんじゃったり
キュッヒルさんの後ろにまぎれちゃったり。
ブラヴォー!って言いたいのにタイミングがないよ!笑

あ~あの光景と興奮。
忘れられないコンサートのひとつとなりました。

今回、思いのほか良席で
まわりは招待客や有名人、という場所だったので
ゲゲ、嫌な予感だったのだけど、杞憂。
聴衆の集中力も高くて、最高の環境だったなぁ。

ありがとう!
ドゥダメル&ウィーンフィル。

2014年8月29日金曜日

目の検査

コンタクトを作りに眼科へ。
C
C
C

視力検査を受けている若い女性が・・

検査員『ハイ、ではこちらはどうでしょう』
女性  『上!』
検 『ハイ、こちらは?』
女 『横!!』
検 『・・・?!・・・』
女 『あっ間違えた・・左・・(^^;』

即答でハキハキ答えていただけに
おかしくてププーっ

うん。。間違っちゃいないんだけどね。笑


2014年8月23日土曜日

Neymar

ネイマールの笑顔には
まわりを幸せにするパワーがある。

不思議だ。
あそこまでのし上がった人には
それなりのずる賢さ?なんかも
もちろんあるだろうに。
感じさせないなぁ~


したたかさと、無邪気さって
共存するのか。

心からサッカーを愛しているんだろう。

まさにイエローカード級の笑顔なり。笑

2014年8月22日金曜日

あべこべ?

じいちゃんと孫の会話。

じい『土日も部活があるのかー』
孫 『そうだよ!』
じい『それは大変だな、weekdayも毎日あるんだろ?』
孫 『・・・・・・・weekday?・・・ってなに・・??』

これは、私の父とめいっ子の会話なんだけど
まわりで聞いていた我々は爆笑。

外来語を孫から教わるじいちゃんの方が
しっくりくるもんね。笑

父は大学で外国語を専門に学んでいたので
英語、イタリア語に詳しい。
あの年代では、なかなかハイカラだよなぁ。

先日、高校時代は帰宅部だったんだと聞いて
意外で、思わずゲラゲラ笑ってしまったのだが
よくよく聞いたら、部活に払うお金がなかったとのことで
ちょっと切なくなってしまった。

なるほど、それで
自分でスピーカー作って楽しんでたりしてたのか。

裕福ではない家庭で育ち
勉学に励んで、一流大学に行って
一流企業に入り、長年働いて。

私は、なに不自由なく
というよりむしろ、恵まれた環境で育ててもらった。
改めて、父の努力に感謝。。だなぁ。

しかも、オレは頑張ったんだ!という雰囲気が全くなく
のほほんとしているところがスゴイ。笑

わりと何でも楽しめちゃうところは
父譲りなのかな。ありがたい。

こんな娘で申し訳ないなぁ~と思ったり、
この両親の娘なのだから
これで終われない!と思ったり・・・

惑い、迷走する日々。

2014年8月19日火曜日

指の記憶

実家のピアノを引き取るつもりで
ずっと我慢してきたのだけど
見通しがたたず、ついに妥協、電子ピアノを購入。

八方塞がり?息づまるこのごろ
無心になれて、けっこうな救いになっている。

驚いたのが、指の記憶。
流れに乗ると、バッとよみがえってきたりすることがある。
すごいな、脳&指。

そしてなにより、
年齢を重ねたことと、一人で弾いていることで
昔とは違った感情を込めることができる。

メナヘム・プレスラーじいちゃんが
 “『私はこの曲をこんなに上手に弾けるんです!』 じゃなくて
   『私はこの曲をこれほどまでに愛してるんです』 と伝えるために弾く”
というようなことを言っていたけど、ガッテンガッテン!
舞台でそう思えてたら、発表会とかももっと楽しめただろうなぁ。

人前で自分をさらけ出すのが怖くなって
感情移入できなくなった中学の頃、
ショパンのせつないワルツを弾いていたら
ピアノの先生に
『〇〇ちゃんは、もっと恋をしないとダメね~』って言われちゃったっけ。笑

今では、ミスタッチばかりで音はムラだらけだし
指も動かなくて、ひどいありさまだけど
曲を愛する想いだけは、前よりほめてもらえるかな?

ヒトラーの防具

帚木蓬生さんの小説。
動乱の世でも誠実でありたいと思わされる名作。

誕生日に友人からプレゼントされる。
実は以前、読んだことがあったのだけど
時間も経っているし、ありがたく再読している。

自分は、読んでいて印象に残ったところがあると
ページの角を折るのだけど
今回の本と、以前の本をたまたま比べてみたら
見事に同じ!で、笑ってしまった。
感性は変わらないということか
成長していないということか。

そんな中、とりわけ私が共感する部分が
ドイツと日本の、戦争への向き合い方に関する文。
 
“日本には戦争の悲惨さの記念碑という広島と長崎がある。しかしそれは、単に自国が受けた被害の状況を残したものではないか。加害者としての自分の行為には目をつぶり、受けた傷だけを披瀝している点で、全く公正さを欠く。                     ドイツはそうではなく、正真正銘のドイツ人たるナチスが行ったユダヤ人狩りを記憶させる装置を、いたるところに残している。”

ドイツを歩かなかったら、
これほどまでに日本の方針や教育について
疑問を感じることもなかったろう。

それほどまでに、ドイツのそこかしこには
負の遺産が、強烈に、きちんと残されていた。
いっときの観光客にさえ、忘れてはならない、という思いが伝わったんだ。

今の日本、何をしたいのかよく分からない。
加害者と、被害者
両方の立場での事実を残していかないと
きっとまた、この国はくりかえす。

戦争を経験した人たちも高齢に。
加害者としての行為を口にするのは
被害を語るよりずっと難しいだろう。

でも責めないよ。誰も責める資格はない。
戦時下の狂気の状況で、自分を保てる人は多くないだろう。
誰でも簡単に凶悪になりえる。
だから、こんなひどいことも日本人はしたんだよ、と
もっと多く真実を語ってほしい。
今後のために。